@article{oai:jicari.repo.nii.ac.jp:00001024, author = {鈴木, 博明}, issue = {1}, journal = {「日本の開発協力の歴史」バックグラウンドペーパー, Background Paper of Japan’s Development Cooperation: A Historical Perspective}, month = {Nov}, note = {日本の世界銀行への財政的な貢献に比べると、知見の発信は少なく、そのインパクトも限られている。世銀・IDA への増資とは別途、日本政府は 1989 年に世銀に開発政策・人材育成基金(Policy and Human Resources Development Fund:PHRD)を設立した。PHRD の目的は、開発途上国の人材育成や開発政策策定の支援である。1989 年から 2015 年末までに、日本政府は PHRD に 29 億 9000 万ドルの拠出を行なってきた。90 年代は、PHRD はプロジェクト形成準備や技術支援を中心に運営されたが、93 年の「東アジアの奇跡Jを晴矢とした、日本・世銀パートナーシップ・プログラムの調査研究、東京開発ラーニングセンタ ー(Tokyo Development Learning Center:TDLC)、東京防災ハブ等のプログラムを通じ、日本の知見の発信活動を支援し、一定の成果を上げてきた。しかし、企画・実施面で更なる改善の余地がある。日本の知 見の発信をさらに強化し、その効果を高めるには、主に二つの改善が必要と思われる。第一の改善は、一 貫した戦略に基づくのではなく機会主義的かつ属人的に行われてきた知見発信の企画を、研究機関、学 界等を動員し、より戦略的に行う事である。そのためには、世銀東京事務所に PHRD の資金でエコノミック・インテリジェンス・ユニットを設置すると同時に、世銀の経済担当副総裁室が行っている調査研究活動を資金と人材の両面で支援すると良い。第二の改善は、東京開発ラーニングセンターが担当している都市開発、東京防災ハブが担当している防災復興、Cross Cutting Solution Areas (CCSA)が担当している質の高いインフライニシアティブ(Quality Infrastructure Initiative)を、課題ごとに細切れに対応するのではなく、都市と地域の課題の解決策を提供するという考え方に基づき、全ての課題を一元的に取り扱うことである。世界銀行を通じた日本の成功例のみならず失敗例を含めた知的発信は、適切な戦略のもとで効率的な実施体制を整えれば、非常に少ない資金で supply driven ではない日本の開かれた国益、開発途上国の直面する課題解決、世銀の役割の増進全てを同時に満たす事が可能になる。}, pages = {1--75}, title = {国際開発金融機関を通じた日本の知見の発信に係る考察: 世界銀行の事例研究に基づく実態分析と提言}, year = {2018}, yomi = {スズキ, ヒロアキ} }